朝から天気は上々で、秋の空が広がる。 桶川から自転車で進んでいるが、少しずつ風が強くなっている。 まともに向かい風であり、「嫌な風だ!」と思いながら熊谷目指してペダルを踏みこむ。
熊谷までの中山道は、途中で吹きさらしの荒川土手を進むことになる。 「風よ弱まってくれ!」と願いながら走ったが、願いむなしく土手の上はかなりの向かい風であった。
旅行日:2014年10月17日
コースデータ
日付 | 区間 | 宿間距離 | 万歩計 | 地図 | |
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2014/10/17 | 桶川宿~鴻巣宿 | 1里30町 | 7.2Km | 自転車 | Map |
鴻巣宿~熊谷宿 | 4里6町 | 16.4Km | |||
合計 | 6里 | 23.6Km | ー | ||
日本橋からの累計 | 16里14町 | 64.4Km | 86,130歩 |
間の宿 吹上へ
鴻巣を後にして熊谷に向かう。 鴻巣・熊谷間は4里6町(約16.4Km)と距離が長い。 そのため吹上に立場(休憩所)ができて、間の宿として賑わった。
加美交差点
加美交差点の新しい道標。 「京三条大橋へ百二十三里六町(約四百八十四粁)」 先はまだ長い!
蓑田追分の地蔵堂
元荒川
吹上駅前で街道を外れ、元荒川を眺める。
「元荒川」の名の通り、かつては荒川の本流で、昔の利根川に合流していたという。 春には桜が見事なことだろう。
軍馬頭尊
日露戦争の始まった明治37年に建てられたようだ。
間の宿碑
吹上は鴻巣宿と熊谷宿の「間の宿」として発展した。 高崎線が中山道を横切って分断しているので、陸橋で線路を越えて進む。
熊谷堤を行く
荒川土手に上がると、やはり激しい向かい風となる。 体を丸めて抵抗を減らすが、ペダルを漕げども前に進まず。 写真を撮るため自転車を停めれば、風で倒される始末である。
秋の実りと街道風景
権八延命地蔵
権八延命地蔵の所から、右の荒川土手に上がる。
「お若ぇの、お待ちなせぇ~」というセリフが有名な歌舞伎に、”白井権八”という名が出てくるそうだ。 実名は平井権八という鳥取藩士で、実在の人物とのこと。
平井権八は同僚を殺害して脱藩。 江戸に逃走する途中、地蔵前で上州商人を殺め300両を奪う。 現場を見た地蔵に「今のことは他言してくれるな」と口を封じると、地蔵が「吾は言わぬが汝言うな」と言い返したと云われ、”物言い地蔵”とも呼ばれている。
Wikipediaによると、権八は辻斬りで130人もの人を殺して金品を奪ったという。 最後は自首し、鈴ヶ森刑場で磔刑になったそうだ。 享年25歳。
熊谷堤(熊谷八丁堤)
遠く秩父の山々を背景に、広大な河川敷が広がるが、荒川の川面は見えない。
昭和22年のカスリーン台風で、堤防が決壊した場所に「決壊の碑」が立つ。 同じく決壊した利根川の濁流と合流して、東京まで洪水が押し寄せたという。
しばらく土手上を進み、いったん下の集落に降りる。 この集落は久下集落といい、鎌倉時代に熊谷次郎直実の叔父・久下氏の領地だった。
再び荒川土手を進むと、土手に打ち捨てられたような石の祠が・・・ 水辺の神「九頭竜」らしい。
遠くに荒川の川面がやっと顔を出す。
熊谷への道
荒川の土手を離れると、熊谷はもう近い。 しかし土手から降りても、風は相変わらず強かった。
東竹院
地名となっている「久下家」の家紋を持つ寺。 久下家は源頼朝の挙兵時から仕え、一の谷、壇ノ浦の戦いに功を上げたそうだ。
元荒川の水草ゆらめく源流域。 ”ムサシトヨミ”という淡水魚が生息しているそうだ。
街道らしい家も現れる。
熊谷宿
熊谷は大きな町で、昔から秩父、川越、太田、足利方面への脇往還が通り、大いに賑わったという。 また保元・平治の乱で活躍し、一の谷の合戦で平敦盛を討ちとった熊谷次郎直実の出身地として知られている。
熊谷宿本陣跡
昭和20年8月14日の終戦前夜に、空襲で市内の大半が焼け落ちたそうだ。 そのためか、宿場の遺構や古い建物は少ない。
熊谷寺(ゆうこくじ)
熊谷次郎直実が出家後に庵を結び、この地で往生したと伝わる熊谷寺。 墓所もあるが拝観はできない。
平家物語の中で、敦盛の最後はあまりに有名なので説明は省略するが、この年1184年(寿永3)2月7日、直実44歳、敦盛16歳であった。 直実はその後出家し「蓮生法師」として熊谷寺で往生した。
話は変わるが、5千円札の肖像となった新渡戸稲造は、「武士道」という書を著した。 この本は日本の精神を世界に紹介するため英語で書かれ、この中で「『仁』を全うした武士」として、熊谷次郎直実を紹介したそうだ。
百貨店の中を抜ける街道
熊谷にある八木橋百貨店は、中山道の上に建てられた。 そのため、現在中山道は八木橋の店内を通っている。
店内の街道沿いには行灯が設けられ、他の通路より幅が広いようである。 「現代の旅人」はここを歩いて京を目指す。(もちろん営業時間内である)
熊谷次郎直実像
熊谷駅前に立つ、扇を手にした熊谷次郎直実の像。 壇ノ浦の戦いで、逃げる敦盛に「卑怯にも敵に後を見せるのか」と呼び止めている姿だそうだ。
この先深谷まで行こうかと考えたが、「風も強いし、大きな輪行バックを抱えて帰宅ラッシュの中を帰るのは嫌だな・・・」と理由を付けて、この日はここで終わりとすることにした。
駅前で自転車をたたみ、早々に帰途についた。
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