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木曽十一宿
中山道 第37宿 福島宿(2) 関所の町と木曽川にせり出す「崖家造り」の奇観!
谷底の町といわれる木曽福島。木曽川が町の中心を流れ、川岸の崖にへばりつくように家が建ち並んでいる。「崖家造り」といわれる景観だが、「上の段」地区には中山道の宿場町の風景も残されている。 -
木曽十一宿


中山道 第37宿 福島宿(1) 木曽駒ケ岳を眺めながら中山道中間点を通過する
福島宿に向けて、中山道の中間点を通過する。江戸からも京都からも67里28町(約268Km)である。京まで残り268Km。まだまだ先は長いが、中山道歩きの面白さはこれからが本番である。 -
木曽十一宿


中山道 第36宿 宮ノ越宿 木曽義仲と共に闘った巴御前は「便女」だった
木曽義仲と巴御前が観光の目玉となっている宮ノ越宿。木曽義仲と共に闘い、勇壮な女武者として知られている巴御前だが、実際は「便女」という役割だったことを知った。読み方は「べんじょ」ではなく「びんじょ」だそうだ。 -
気ままな旅行記


徳川家康ゆかりの地をめぐる 4つの遺言と久能山東照宮のレイライン
徳川家康ゆかりの地である静岡市。家康の4つの遺言に従い、亡骸は久能山東照宮に葬られたが、レイラインと呼ばれる都市伝説というか歴史ロマンのような説がある。そのレイラインを感じるため、駿府城と久能山東照宮を訪れた。 -
駿河(駿州)


東海道 第19宿 府中宿 江戸城無血開城はこの地で事前にネゴされていた
江戸城無血開城に向けての西郷隆盛と勝海舟の会談は良く知られる。しかし その5日前に山岡鉄舟が西郷と静岡で会見し、無血開城や徳川家存続の条件が話し合われたという。要するに事前にネゴが行われていたということである。 -
駿河(駿州)


東海道 第18宿 江尻宿 松の廊下で襲われる1ヶ月前に吉良上野介が宿泊
江尻宿の寺尾本陣に残る宿帳には、元禄14年に吉良上野介の名があるという。調べると朝廷からの勅使を案内して江戸に向かう途中で、宿泊した1ヵ月後に江戸城松の廊下で襲われたそうだ。 -
駿河(駿州)


東海道 第17宿 興津宿(2) 「女体の森」とは? 妖しい響きの森を持つ神社
薩埵峠を下ると興津宿。その手前で「女体の森」と彫られた標柱をみて、頭の中は妄想の渦が巻き起こった。また徳川家康が今川家の人質時代に学問をしたという寺もある。














