中山道 間の宿 茂田井 白壁と酒林の下がる静かな集落

望月宿と芦田宿間の中山道沿いに、茂田井という集落がある。 正式な宿場ではなかったため、旅籠などの宿泊施設はなかった。 街道を行き交う人々の休憩場所だったようで、”間の宿 茂田井”と呼ばれている。

望月宿手前の百沢集落同様に道路整備から外れた為、白壁の造り酒屋や古い建物が多く残る。

土産物屋もなく観光地化されていない、静かで綺麗な集落であった。

旅行日:2016年5月16日

コースデータ
  • 日 付  : 2016年5月16日
  • 街道地図 : 岩村田宿 ~ 芦田宿
  • 宿間距離 : 岩村田宿 ~ 塩名田宿 1里 7町 (5.1Km)
         : 塩名田宿 ~ 八幡宿  0里27町 (2.9Km)
         : 八幡宿  ~ 望月宿  0里32町 (3.5Km)
         : 望月宿  ~ 芦田宿  1里 8町 (4.8Km) 
  • 日本橋から: 累 計  45里27町(179.6Km)
  • 万歩計  : 29,515歩

(注)宿間距離は「宿村大概帳」(江戸末期)を参考としたもので、現在の道路距離と異なる。

目次

望月宿から茂田井へ

望月宿を出て御桐谷西交差点を過ぎると、左へUターンするように石垣の間の道に入り、畑の中の道を上がり続ける。 さらに途中で細い脇道のような道に入るので、注意しないと道を誤りそうなところである。

御桐谷と書いて「おとや」と読む難読地名の交差点を過ぎ、左にほぼ直角に曲がる坂道に入る。 青木坂と呼ばれ、鹿曲川の河岸段丘だそうだ。

中山道青木坂

坂の途中で道祖神が旅人を見守っている。

道祖神

坂を上ると平坦となり水田が広がるが、その先で右に分岐する脇道のような細い道に入る。 案内標識がなければ直進してしまうだろう。

やがて来た道である望月宿方向が良く見えるようになる。

佐久望月の町並み

道は国道142号線の下を潜り反対側に出て右折。 しばらく国道142号線と並行して進むが、やがて国道148号線に合流する。

御順見道標

国道148号に入ると「御順見道標」が立つ。

”御順見”とは何かを調べると、江戸幕府が諸国の大名・旗本の監視のために派遣した順見使のことで、ここに立つ道標は、順見使が上田・松代・長野方面に向かうための道標だそうだ。

御巡見道標

路傍にはつつじの花に囲まれた双体道祖神もある。

双体道祖神

間の宿・茂田井入口

国道148号から右へ下る分岐が間の宿・茂田井(もたい)の入口である。 入口の説明版によると、「寛保二年の大洪水で望月新町が道ごと流され、本町も大きな被害を受けたため、茂田井村を望月宿の加宿にしようと幕府に願い出たが却下された」とある。

茂田井入口には、散策マップや茂田井の説明板が立つ。

茂田井入口

坂の下り始めると茂田井の町並みを見下ろすようになり、遠くには白く輝く北アルプスが!

カメラの望遠で見ると、見誤ることの無い双耳峰を持つ私の大好きな鹿島槍ヶ岳。 その右は五竜岳、更に木々に隠されているが白馬三山と、いわゆる後立山連峰である。

鹿島槍ヶ岳遠望

白壁が続く茂田井の町並み

茂田井の集落に入ると静かな街道の両側に用水が流れ、坂道を縫うように伸びる街道沿いには、2軒ある造り酒屋の白壁が続く。

観光地化することもなく昔の景観が色濃く残り、集落内の道や家並みは往時の風情を今に伝えている。

間の宿 茂田井

武重本家酒造

門の入口に酒林(杉玉)を吊るす重厚な建物は、明治元年(1868)創業の武重本家酒造で、国の登録有形文化財に指定されている。

「御園竹」や「牧水」という銘柄だそうで、買って帰ろうとしたが呼べども誰も出てこなかったので断念。

間の宿 茂田井
武重本家酒造
間の宿 茂田井
間の宿 茂田井

この武重家の向かいに若山牧水の歌碑がある。 牧水は1日に1升以上飲むという大酒豪で、43歳で肝硬変で人生の幕を閉じている。 1日1升ではやむを得ないか・・・

大澤酒造(蔦屋)

武重本家酒造の先には、大きな酒林をぶら下げた「大澤酒造 (蔦屋)」が並ぶ。

元禄2年(1689)創業という長い歴史をもつ大澤酒造は、茂田井村の名主を代々務めた家柄で、民俗資料館なども併設している。

大澤酒造
大澤酒造
大澤酒造

お土産に酒を買って帰ろうと店をのぞいたが、ここも電気は消えて人もいない。 試飲も出来るそうだが、営業しているのか休みなのかわからず、諦めて先へ進む。

下組高札場跡

大澤酒造の塀の礎石に、下組高札場跡の文字が刻まれている。

茂田井高札場跡
間の宿 茂田井

高札場跡の向かいには、商店とは思えないような家の2階に「百貨店」の看板が・・・

間の宿 茂田井

造り酒屋の白壁を抜けても、静かな街道が続く。 こんな形に剪定するのはイチイの木だろうか?

間の宿 茂田井

大きな馬頭観世音の碑。 屋根を作るために斜めにしたのか? まぁそんなことはしないだろう。

馬頭観音碑

茂田井一里塚跡

石割坂と呼ばれる急坂を上ると、日本橋から46里目の茂田井一里塚の跡である。 現在は南塚跡が広場となり、小さな塚が復元されている。

茂田井一里塚跡

やがてバス通りにぶつかり、間の宿・茂田井の京方出入口となる。 このバス通りとの合流点は、映画に出てきそうな「茂田井上」のバス停である。

間の宿 茂田井
茂田井バス停

江戸時代にタイムスリップしたような茂田井の集落は、山田洋次監督の映画「たそがれ清兵衛」のロケ地だったと聞くと、「なるほど・・・」と納得する佇まいである。

2軒ある造り酒屋で酒を買おうと思ったが、どちらの店も誰もいない・・・ それほど静かな集落で、観光地として整備や宣伝などを行っている様子もなく、このままひっそりと残ってもらいたい場所であった。


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