中山道 第32宿 本山宿 「そば切り発祥の地」から木曽路入口まで

日本橋から32番目の宿場である本山宿は、「そば切り発祥の地」といわれている。

「そば切り」という名を聞き、どのような蕎麦なのか?と思ったが、要するにざるそばであった。 蕎麦には様々な食べ方があるようだが、麺として細く切ったので「そば切り」というらしい。

とにかくこの「そば切り」を食べようと、洗馬宿を出発して本山宿を目指す。

旅行日:2019年4月6日 ~ 4月7日

コースデータ
  • 2019年4月6日
  • 2019年4月7日
    • 区 間  : 塩尻(平出一里塚)~洗馬宿~本山宿~贄川宿
    • 街道地図 : 平出一里塚~贄川宿
    • 万歩計  : 25,250歩
  • 宿間距離   : 下諏訪宿 ~ 塩尻宿 2里 33町(11.5Km)
             塩尻宿 ~ 洗馬宿  1里 30町(7.2Km)
             洗馬宿 ~ 本山宿  0里 30町(3.3Km)
             本山宿 ~ 贄川宿  2里 0町(7.9Km)
  • 日本橋から累計  62里 10町(244.6Km)

(注)宿間距離は「宿村大概帳」(江戸末期)を参考としたもので、現在の道路距離と異なる。

目次

洗馬宿を出発

洗馬宿を出て、本山宿から木曽路入口である贄川宿を目指す。 「木曽路はすべて山の中である」と島崎藤村が書いているが、洗馬宿あたりはまだ山の中というほどではない。 しかしこの先徐々に左右の山が迫ってくるのだろう。

言成地蔵

洗馬宿を出ると中央西線のガードを潜るが、ガード手前を左に入って「言成地蔵」に寄道する。 「ことなり」と読むのかと思ったら、「いいなり」と読むそうだ。

轟音を響かせて特急しなのが通過する。

特急しなの

静かな森の中にひっそりと立つ「言成地蔵」 願い事は必ず叶えてくれるので「いいなり」だそうで、宿場時代から現在まで、多くの参拝者が訪れるそうである。

お堂はたくさんの千羽鶴で彩どられ、「この先の旅の安全を・・・」とお祈りしておく。

言成地蔵

境内には、あばら骨が浮いたような体から、短くて細い4本の腕が伸びる石仏が置かれていた。

言成地蔵

牧野一里塚跡

江戸より60里だが、一里塚の姿は失われている。 中山道名称統一300年の年(2016年)に碑を建てたと説明されている。

牧野一里塚跡

本山そばの里で「そば切り」を食す

立場茶屋の置かれた牧野集落を抜けると国道19号に合流するが、600mほど先で右への旧道に入ると本山宿はもう近い。

下町石造群

国道19号と別れ本山宿方向に入ると、秋葉神社の祠と庚申塔や道祖神、地蔵尊などが旅人を迎えてくれる。

下町石造群

本山そばの里

街道沿いに「本山そばの里」という看板が立つ。 右に目を転じると奥の方に店があり、目的であった「そば切り」を食べに立ち寄ることにした。

左のプレハブのような白い建物が店。 とても「蕎麦屋」には見えない。

本山そばの里

「そば切り」大盛り。 見てのとおり単なる「ざるそば」であったが、口の中にそばの風味が広がる美味しいそばであった。

本山そばの里

本山宿

江戸から32番目の宿場で、洗馬宿と本山宿の間は約3Kmと短い。 木曽路との境で、松本平の出口として重要な位置にあり、松本藩の口留番所が米穀の出入り取り締まりを行っていた。

何度も大火に見舞われ、現在の建物は幕末から明治期に建てられたものだそうだが、現在も宿場の面影を残している。

旧旅篭「川口屋」

川口屋、池田屋、若松屋と、3軒の旧旅籠が斜交(はすかい)で並び、国の登録有形文化財に指定されている。

本山宿

川口屋の看板は、江戸側「川口屋」、京側は「か?口や」となっている。

本山宿

おぉ! 懐かしい。 左からCAVIN、SevenStars(200円)、hi-lite(170円)、MILD SEVEN Lights、MILD SEVEN、CASTERである。

本山宿

切妻屋根に平入りと連子格子、出桁造りに袖卯建と、宿場風情を色濃く残している。

本山宿

本山宿本陣・小林家跡

皇女和宮や明治天皇巡幸の際の宿泊所となった。 この本山宿は松本藩領なので、ここでも屋根に雀おどりを持っている。

本陣跡

上町石造群

口留番所跡を過ぎ、左に上がる脇道に入ると道祖神や庚申塔などが並ぶ。 本山宿入り口付近にあった下町石造群と同じように、本山宿内にあったものが集められたのだろう。

上町石造群

上町石造群から先に進み、歩道橋で国道19号を越えると本山神社がある。 この道が本来の中山道で、先を流れる関沢を越えるため、すこし遠回りをしていた。

街道に戻り、左の石垣の中間に設けられた側道に入ると高札場跡の案内板が立ち、その先に大きな本山宿の看板が立つ。

本山宿高札場跡

ここは右の本山宿からの旧道と、左からの国道19号が合流する地点の突端である。 道路を敷設するにあたり、かなり山を削ったようで、左を流れる用水は関沢だと思える。

本山宿

街道を先に進み、国道19号に入ってから後ろを振り返る。 本山宿からの道は左。 右は国道19号で、19号の上に架るのは歩道橋ではなく水路である。

本山宿

木曽路に向かう

本山宿を抜け、国道沿いに残る旧道に出たり入ったりしながら木曽路に向けて歩を進める。

踏切が撤去された

中央西線沿いの国道19号から右の側道に入り、踏切を越えて線路向こうの(株)シンセイの前を通る道が旧中山道である。 しかし踏切撤去のため通行止めとなってしまい、19号を直進して陸橋でJRを越える。

日出塩

日出塩の青木

陸橋で中央西線を越え、(株)シンセイ方向に少し戻ると、工場裏手に「日出塩の青木」碑が立つ。

檜の大木があり、洗馬の肘掛松と共に江戸の屏風に描かれたそうだが、今はそれらしい木は無い。

日出塩の青木

日出塩一里塚

国道を離れて静かな旧道を進み、日出塩集落の入口に日出塩一里塚の碑が立つ。 日本橋から61里だが、塚は残っていない。

「江戸より61里 京へ71里」とある。 まだ半分も来ていない。 先は遠い・・・

初期中山道と合流する

国道19号をしばらく進むと、初期中山道が左から合流してくる。

初期中山道は、ここ桜沢から牛首峠、小野宿、三沢(小野)峠を経て、岡谷市の長地東堀交差点(中山道と伊那道の分岐)に通じていた。

初期中山道

桜沢トンネルの工事が行われている。 このトンネルが開通すれば、現在の国道19号の交通量は激減するので、静かな街道歩きが楽しめるようになるだろう。

桜沢トンネル

木曽路入口に到着

国道に「是より南 木曽路」の案内板が現れる。 ここから先が木曽路で、贄川宿から馬篭宿までの木曽11宿の入口である。

是より南木曽路

本山宿は車の往来も少なく、規模は小さいが街道風景を飾る格子窓の古民家が並び、ゆったりと静かな時間が流れる宿場町であった。
 
この本山宿を抜けて木曽路入口を示す標識まで来ると、いよいよ「木曽路はすべて山の中」の世界である。
 
ここから先の贄川宿までは、「第33宿 贄川宿」編に記すことにする。


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