中山道 第37宿 福島宿(1) 木曽駒ケ岳を眺めながら中山道中間点を通過する

宮ノ越宿を抜けて福島宿へと先を急ぐ。 新宿を朝8時の「あずさ5号」で出発して藪原駅着が11時32分。 準備をして11時50分から歩き始めたが、秋は陽が落ちるのが早い。 まして山あいの道なので、夕暮れは更に早そうである。

宮ノ越宿を出ると、中山道の中間地点を通過してやっと半分の終了である。 これから中山道の後半戦となるが、京まで残り67里28町(約268km)もある。 まだまだ先は長いが、のんびり歩くことにしよう・・・

旅行日:2019年10月31日

【コースデータ】

日付区 間宿間距離日本橋から
2019年10月31日藪原宿宮ノ越宿1里33町(7.5Km)67里15町(264.8Km)
宮ノ越宿福島宿1里28町(7.0Km)69里7町(271.7Km)
2019年11月1日福島宿上松宿2里14町(9.4Km)69里7町(271.7Km)
上松宿倉本駅3里09町(12.8Km)71里21町(281.1Km)
2019年11月2日倉本駅須原宿
須原宿野尻宿1里30町(7.2Km)74里30町(293.9Km)
合 計11里06町(43.9Km)

(注)宿間距離は「宿村大概帳」(江戸末期)を参考としたもので、現在の道路距離と異なる。

目次

木曽福島に向けて出発

木曽義仲ゆかりの地である宮ノ越を抜け、旧街道らしい静かな道を木曽福島に向けて出発する。

宮ノ越宿

宮ノ越一里塚跡

日本橋から68里の宮ノ越一里塚跡。 石碑と解説版のみが立つ。

宮ノ越一里塚跡

長閑な道を進むと、第5仲仙道踏切で中央本線を渡る。 昔は「中仙道」と書いていたが、「仲仙道」という表記は初めて見た。

第5仲仙道踏切

踏切を渡ってすぐに立つ石碑。 下のほうは見えなかったが、「西国三十三」「秩父三十四所」「番東三十三所」と彫られ、札所巡りの碑のようである。

路傍の石碑

原野集落 中山道の中間点へ

中央本線の原野駅を過ぎると、いよいよ中山道の中間点である。 冷たいビールで中間点通過を祝おうと思ったが、近くにはコンビニも自販機も無い。 とりあえず生ぬるくなったペットボトルのお茶を一人でグビ・・・ッ!

新雪の木曽駒ケ岳(2,956m)が見えた。 中央アルプスの盟主で「木曽駒」と呼ばれている。

木曽駒ケ岳

松沢のバス停を過ぎると、かつての間の宿・原野集落へ入る。 街道風情が漂う町並みである。

原野集落

原野の石仏群と明星岩

中央本線原野駅入口を過ぎると、多くの石仏が集められた原野の石仏群。

原野の石仏群

そして右手の山に目を向けると、山腹におにぎりの形をした「明星岩」が鎮座している。 登れるそうだが、時間がないのでパスをした。 それにしても 一つだけポツンと巨岩が露出しているのは何故か? 周りの岩は木に隠されているのだろうか?

明星岩

中山道中間点

いよいよ中山道中間点である。 江戸からも京都からも、67里28町(約268km)に位置する。

日本橋の出発は2014年9月15日。 途中いろいろあったが、5年もかけてやっと半分である。

中山道中間点

旧道の面影を残す正沢川越え

中山道中間点を過ぎた先で、右に分岐して小沢集落に向かう細い道に入る。 小沢集落は立場茶屋が置かれていたが、往時の中山道を彷彿とさせる細い草道に入り、正沢川を越えて進む。

県道から右に分岐する小径に入り、小沢集落へと向かう。

小沢集落入口

途中に小さな祠があるが、鳥居があるので神社なのだろう。 右奥の車が止まっているところが、かつて立場茶屋であった和泉屋商店。

小沢集落

「中山道 この下の橋を渡り木曽福島へ」の案内板に従い、車道を離れて踏み跡のような草道に入る。 まるでけもの道である。

旧中山道

踏み跡から少し進むと、多少手入れされている草道となる。 旧道の雰囲気が出てきたが、これが旧街道歩きの面白いところである。

旧中山道

やがて正沢川の川岸に出ると橋が見えた。 小川程度と思っていたが、結構な急流である。

正沢川

鋼鉄製の細い橋が架かっているが、下は網目である。 したがって足元からは、激しい流れがよく見える。 高所恐怖症の人は渡れるだろうか?

正沢川

ちなみに、橋はしっかりしていて揺れたりはしない。 高所平気症の私は全く怖くない。

手習神社と出口一里塚

正沢川を渡り、民家の庭先のような道を進んで車道に戻ると栗本集落である。 やがて薬師堂と手習神社が並んでいるが、手習神社は木曽義仲ゆかりの神社である。

手習神社

木曽義仲を養育した中原兼遠が、義仲の学問の神として勧進したのが手習神社の始まりと説明板に書かれていた。

手習天神

手習神社の前にあったマンホールの蓋。 福島関所の様子が描かれている。

木曽福島

上田集落を抜けて国道19号に合流する手前に、右に分岐する細い道がある。 旧道であるが、「この先道が無くなっていて危険です!」との木曽町産業観光課の注意書きがあり、さらに国道や中央本線に遮られるようなので、ここは注意書きに従って国道19号の上田口交差点に出る。

出口一里塚跡

国道19号で中央本線の上を越え、少し進むと出口一里塚跡の石碑が立つ。 日本橋から69里である。

出尻一里塚跡

この出口一里塚で国道から右に曲がり、「おと坂」と呼ばれる草道の急な坂を下る。 坂の途中にある石仏群を見ながら、国道下の旧道に降りる。

おと坂
おと坂

Googleマップで見つけた旧中山道

Googleマップを見ていた時、木曽観光連盟発行の「信州木曽路 中山道を歩く」という小冊子には載っていない旧中山道を見つけた。

「おと坂」を下って旧道を進み、再度国道19号に合流した向かい側にコンビニがある。 その先自動車修理工場の手前を左に入る道に、Googleマップを拡大すると「旧中山道」と記されている。 短い距離だが、国道を歩くより良いので足を向けてみた。

旧中山道

自動車修理工場の裏手に回ると、頭上高く中央本線が走っていた。

中央本線

短い距離を歩いて、再び国道へ。

旧中山道

警官に声を掛けられる

国道沿いに芭蕉の句碑と経塚が立つ。 経塚は初代木曽代官の山村良候が全国の霊場を廻って大乗経を収めた記念として塚を築き松を植えた。 その後五代山村良忠が碑文を刻み建立したものと説明にあった。

経塚

経塚を見た後、国道を渡ろうと横断歩道に立ったが車が止まってくれない。 1台やり過ごして渡り、木曽福島に向かう道を歩いていると、後ろから「すいませぇ~ん」と呼び止められた。

振り返ると警官が追いかけてきて、「先ほど横断歩道をあなたが渡る時に、停止しなかった車を歩行者横断妨害で捕まえた。 失礼ですが名前と住所を教えてください・・・」だって! 運の悪い可哀そうな運転手だ・・・

ということで、経塚の向かい側で国道から木曽川方向に分岐する道に入り、木曽谷の中心地として栄えた木曽福島の町へと入っていく。

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