広島・尾道旅行の3日目は尾道。 2012年に「しまなみ海道」を自転車で走った時に訪れたことがある。
最初は倉敷にと思ったが、美観地区は観光地化されすぎているので却下。 尾道のほうが風情が残るし、妻は初めてだというので、寺と坂の町をのんびり散歩することにした。
尾道といえば猫と坂道のイメージがあるが、最近は猫が減ったという話も聞く。 前回訪れたときに出会った猫たちは元気だろうか? もっとも14年前なので、もう・・・
旅行日:2026年4月19日 ~ 4月22日
【旅行日程】
| 日 付 | 主な訪問先 | 宿泊地 | |
| 2026年 | 4月19日 | 広島へ(東京~広島)、平和記念館、広島城 | 広島 |
| 4月20日 | 厳島神社 | ||
| 4月21日 | 尾道移動、千光寺と向島散策 | 尾道 | |
| 4月22日 | 福山城、帰京(福山~東京) | 帰京 | |
途中下車で尾道へ
広島から新幹線で新尾道に移動して途中下車。 バスで山陽本線の尾道駅に向かう。 15分ほどの乗車だが、新幹線の駅からは海に向かって下り坂が続く。 尾道の駅は2012年に来た時から建て替えられたようで、綺麗になった気がする。
予約しておいたホテルに荷物を預け、さっそく千光寺目指して尾道の街歩きに出発である。
レトロ漂う尾道本通り商店街
尾道の玄関口である駅から千光寺方向に向けて歩き出せば、うるさい国道を避けて本通り商店街を通ることになる。
本通り商店街はレトロ感溢れる商店街。 シャッターの降りた店もあるが、多種多様な店舗が軒を連ねている。

途中に「尾道商工會議所」なる大正時代の建物があったが、それ以上に目を引いたのは「大和湯」の看板を掲げた建物である。 「これは凄い!!」と、思わず声が出る。
名前からして昔は銭湯だったのだろうが、あの銭湯独特の建築様式(宮造りとか唐破風)ではなく、モルタルの洋風建築である。

現在は居酒屋だそうだが、とてもそのようには見えない。
艮神社から千光寺へ
尾道観光といえば、千光寺からの尾道水道の眺めとか、三重塔を前景とした尾道の景観などが有名である。 以前に来たときは歩いて千光寺まで登ったが、今回はロープウェイを利用して上がり、歩いて下ることにした。
千光寺へのロープウェイ乗り場の隣にある「艮神社」を訪れる。 しかし「艮」の一文字で「うしとら」とは読めない。 大同元年(806)創建で、尾道最古の神社だそうだ。

ロープウェイで山頂駅まで上がると「PEAK」という名の展望デッキがあり、尾道の町や尾道水道の大パノラマを楽しむことができる。

頂上駅から千光寺に向けて、「文学のこみち」を下る。 沿道には尾道ゆかりの文人たちの言葉を刻んだ碑が点在し、巨石を縫うようにして歩く、風情豊かな遊歩道である。


千光寺からの眺め。 よく見る尾道の代表的な景観である。

千光寺本堂裏手にある「くさり山(石鎚山)」の登り口。 かつての修行場だったそうで、鎖を使って岩山を登るプチ修行が体験できる。 しかし もう年齢的に修行する必要はないということで、修行は遠慮した。

もう一つの尾道の代表的景観
千光寺から適当に細い路地を下り、天寧寺の三重塔の上に出た。 これも尾道の代表的な風景である。
この三重塔は、当初は五重塔として建てられたが、後に三重塔に改められたという。

しかしこの付近に住む住民の方は、どのように生活しているのだろうか? 車は勿論、自転車も階段があるので使えないだろう。 結局頼るのは自分の2本の足ということか?

更に下ると渡り廊下と思われる建物が、路地を跨ぐように建っている。 これは庫裏から不老閣(貴賓室)への通路で、天寧寺の境内が大きかった時代の名残だそうだ。

猫の細道へ
艮神社まで戻ったが、今度は「猫の細道」を目指して艮神社沿いの坂を上る。
坂を上がりきると、右手に巨岩が迫る「猫の細道」である。 余談だが、帰宅後にGoogleマップのストリートビューで「猫の細道」をたどると、そこにはピンクのリボンを首に巻いたネコちゃんがしっかりと写っている。
前回訪問した時はたくさんの福猫がいたが、今は少なくなったような気がする。


わずかな距離だが、「猫の細道」を抜けると天寧寺の三重塔横に出た。
天寧寺五百羅漢から「めん処 みやち」へ
三重塔前から天寧寺坂を下り、天寧寺本堂に立ち寄る。 天寧寺は足利尊氏の子で、2代将軍の義詮が建立したという。 羅漢堂には五百羅漢が納められているが、実際は526体もあるそうだ。

天寧寺山門。 上に鐘楼がある山門で、下部は漆喰? どうも「竜宮門造りの鐘楼門」という造りらしい。

天寧寺から本町商店街に戻り、昼食に尾道ラーメンを食べようと「めん処 みやち」という小さなラーメン店?を訪れる。
小さな店で歴史ある老舗のオーラを放っているが、事前に調べていなければ見過ごしていただろう。

ネット上で評判だった「天ぷら中華」を注文。 魚介出汁で醤油ベースのスープは、薄い色合いであっさりしていて、細麺とベストマッチ。 天ぷらがスープを吸って、口触りもよく美味しい。
尾道にあって尾道ラーメンではないが、店主さんご夫婦を含めた店の雰囲気も、昔ながらのラーメン屋さんでとても良かった。

お店の入口がある「浮御堂小路」。 店内に貼られていた土堂小学校の生徒が書いた壁新聞によると、平安時代に造られた、尾道で一番古い小路だそうだ。

渡し船で向島へ
天気は良いし、時間も余ったので渡し船で向島へ行ってみる。 運航の時刻表など無いようで、ひたすら往復している。 車もバイクも自転車も、そして歩行者も甲板に立ったまま対岸に渡る。

兼吉桟橋に到着。 わずか5分ほどの船旅である。

兼吉桟橋から、適当な道を駅前渡船乗り場に向けて散歩する。 途中に常夜燈が立ち、説明文によると「兼吉常夜燈」と呼ばれ、昭和20年頃まで当番を決めて点灯していたそうだ。
しまなみ海道を走った時、このような常夜燈が多かったことを思い出した。

駅前渡船の向島乗り場。 こちらの渡船は人と2輪車だけで、車は乗れないそうだ。

さくらしまなみホテル
さくらしまなみホテルに宿泊。 普通のビジネスホテルより、部屋は広めで綺麗である。 何といっても駅近で便利だし、尾道水道に面しているので部屋からの眺めも良い。

夕飯はホテル近くの「まん作」という小料理屋へ。 残念ながら「おこぜの唐揚げ」は無く、その日の「アイナメの煮付け」も売り切れ。 その代わり「ヒラメの煮付け」だったが美味かった。 それ以上に、刺身の盛り合わせは凄く新鮮で、厚みがあってコリコリ感が残る絶品であった。
おまけの福山城へ
翌朝、ホテル前の尾道水道沿いの遊歩道を散歩して、尾道駅より帰途につく。
尾道から山陽本線で福山に出たが、新幹線の時間まで50分ほど余裕があったので、福山駅で再度途中下車して駅前の福山城に弾丸登城。
福山城は福山藩初代藩主の水野勝成が築き、西からの攻撃に備えた城である。 また天守の北面が鉄板張りという特徴を持つ。
福山駅の北口を出ると、いきなり目の前に石垣と、頭上の月見櫓。 奥は伏見櫓で、伏見城から移築されたものだという。

筋鉄御門から入城。 この門も伏見城から移築されたらしい。

福山城天守閣。 天守と小天守からなり、破風も多く、なかなか優美な天守である。 明治維新で廃城となり、昭和20年(1945)の空襲で焼失したが、昭和41年(1966)に再建された。

天守裏側(北面)に回ると、全面が鉄板張りとなている。 これは北側の防備が薄く、北側からの砲撃を警戒したためと考えられているそうだ。

急いで見て回り、再び福山駅に戻り、 新幹線ホームから城を眺める。

こうして広島・尾道3泊4日の旅を終え帰途についた。
前回尾道に来た時には、多くはないが猫と5~6匹に会うことはできたが、今回は残念ながら全く見かけなかった。
もっとも 前回から10年以上経過している。 その間 住民や行政による地域猫活動により繁殖が抑えられ、また 高齢化や飼育放棄の防止などで、いわゆる野良猫は減少したのだろう。
しかし Googleマップに映るリボンを巻いた猫のように、地域猫として大事にされている猫もいるようだ。
この次にこちらに来る機会があれば、鞆の浦をぜひ訪れてみたい。

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