中山道 第43宿 馬籠宿(2) 木曽路最後を彩る石畳と坂道の宿場

馬籠峠を越え、日本橋から43宿目の馬籠宿に入る。 馬籠宿は明治と大正の二度にわたる大火により、石畳と桝形を残して主要な建物の多くを焼失した歴史を持つ。

昭和40年代に入ると、隣の妻籠宿で起きた「町並み保存運動」に応じるように、馬籠宿でも復元と整備が進められた。 

妻籠宿が「大火を免れた建物を守り遺した宿場」に対し、馬籠宿は「大火を乗り越え、人々が蘇らせた宿場」といえるだろう。

坂道に沿って石畳が続く美しい街並みを楽しみながら、木曽路最後の宿場を歩く。

旅行日:2020年11月4日

【コースデータ】

区 間宿間距離日本橋から
2020年
11月4日
三留野宿妻籠宿1里半(5.9Km)80里8町(315.0Km)
妻籠宿馬籠宿2里(7.9Km)82里8町(322.9Km)
2020年
11月5日
馬籠宿落合宿1里5町(4.5Km)83里13町(327.4Km)
落合宿中津川宿1里(3.9Km)84里13町(331.3Km)
中津川駅大井宿2里半(9.8Km)86里31町(341.1Km)
合 計8里5町(37.9Km)
2020年
11月6日
明知鉄道で「岩村城」へ日本三大山城の一つで六段壁と女城主の城へ寄り道

(注)宿間距離は「宿村大概帳」(江戸末期)を参考としたもので、現在の道路距離と異なる

目次

馬籠宿に入る

馬籠峠を越え美濃の国に入る。 峠から県道などを進み、最後に陣馬坂を上がると空が開け、陣馬上の展望台に到着。 目の前に広がる恵那山は、中央アルプス南端の山で標高2191m。 百名山に数えられている。

恵那山

展望台を後にして坂を下ると高札場があり、その先に石畳の下り坂と馬籠宿の家並みが続く。 時刻は16時過ぎで、夕陽に輝く馬籠宿の風景であった。

馬籠宿高札場

新型コロナウィルスの関係で観光客は少ない。 更に16時過ぎという時間のため、観光客の姿は宿場から消え、静かな宿場風景を見せてくれた。

馬籠宿

妻籠宿の町並み

馬籠宿は尾根筋上の傾斜地にあり、水の便が非常に悪く、生活用水や消火用水の確保が極めて困難であった。 そのため水不足や、それに伴う大火に悩まされたという。

この水で苦労した歴史は、いまや坂道を彩る水路や石畳の景観となって、傾斜地に並ぶ古い家並みに豊かな表情とアクセントを与えている。

馬籠宿

「ふるさとの家」の壁に「歌の好きな石臼」というタイトルで、島崎藤村の「ふるさと」という童話の一節が書かれている。 その前には木の大きな臼が二つ置かれていた。 それとも臼を椅子に変えたのか?

歌の好きな石臼

下り坂の続く馬籠宿。 街道には板石が敷かれ,、建物は夕陽に赤く染まる。

馬籠宿

大黒屋

大きな杉玉が下がる、元造り酒屋で問屋でもあった大黒屋。 藤村の「夜明け前」では伏見屋の名で描かれ、藤村の初恋の人といわれる「ゆふ」の実家でもある。

馬籠宿大黒屋

馬籠宿本陣(藤村記念館)

馬籠宿の本陣は代々島崎家が務め、島崎藤村の生家である。 藤村の父である島崎正樹が最後の当主で、小説「夜明け前」の主人公・青山半蔵のモデルといわれている。

残念ながら閉館近かったので見学はあきらめたが、本陣らしい立派な冠木門が目を引く。

馬籠宿本陣

坂を下り続け、途中で振り返る。

馬籠宿

馬籠宿桝形付近

馬籠宿の京方出口にある枡形は、石段となって急傾斜を下る。 現在は石段横に車が通れる道が付けられているが、これもなかなかの傾斜を持っている。

足元の石畳にふと目をやると、「枡形」と刻まれた丸い石の道標が埋め込まれていた。

馬籠宿

道は傾斜を増して左へカーブしていくが、桝形道標に従い右の石段を下ると車屋坂となる。

馬籠宿

桝形の少し先から眺める、恵那山を背景とした妻籠の家並み。 枡形を曲がった街道は、右手の一段下がった家の前を通っている。

馬籠宿

他の宿場と異なり、妻籠宿の桝形は急傾斜地に設けられている。 というより宿場全体が斜面なので、家々は各段に石垣を築いて作った平坦な地に建てられている。

馬籠宿

御宿 但馬屋 110年前の囲炉裏が残る

この日の宿は、馬籠宿内の御宿但馬屋。 宿泊客は70代と思われる夫婦と、日本在住という外人男性2名、それに私を加えた5名であった。

馬籠宿但馬屋

宿の2階にはたくさんの柿が干されている。 妻籠観光協会のHPを見ると、皮をむかずにそのまま吊るす「吊るし柿」、皮をむいて干す「干し柿」、藁で包んで吊るす「つとっこ」の3つの方法があると書かれていた。

馬籠宿但馬屋

玄関を入ると、110年前に造られたという囲炉裏が出迎えてくれる。 床も含めて重厚な黒光りを放っている。

馬籠宿但馬屋
馬籠宿但馬屋

昨年末に訪れようとしたが、妻籠の宿は常に満員で泊まる余地はなかった。 今回宿の人に聞くと、やはり外人客が多く、その大半は半年以上前から予約してくるという。

私のように天気予報と相談しながら直前に予約をとる方法では、通常であれば無理なようである。 しかし今回は新型コロナウィルスのお陰としか言いようがないが、宿の経営には大打撃であることは間違いない。

馬籠宿残照

宿に入った後、日没後の馬籠宿を撮りに外へ出てみた。 まだ西の空には、暮れゆく最後の残照が残っていた。

朝の馬籠宿

翌朝 宿をチェックアウトしてもう一度馬籠宿を歩いてみる。 ここまで歩いてきた木曽路と異なり、空が広く明るく開け、山も迫っていない。

妻籠宿

この日の目的地である中津川市街が、街道の先に望める。

妻籠宿

右への桝形に入り、いよいよ馬籠宿ともお別れである。

妻籠宿

桝形の石段を下り、宿場を振り返る。 かなりの急坂である。

妻籠宿

この桝形の坂は車屋坂。 

妻籠宿

坂を下ると左右に土産物屋が並ぶ県道にぶつかり馬籠宿は終わる。

役に立たなかった”GoToトラベル商品券”

御宿但馬屋に宿泊したら、1000円分の「GoToトラベル共通商品券」を頂いた。

政府肝いりの振興策だが、有効期間は1日のみ。 中津川の町でお土産を買うときに出したら、その店では使えないという。 近くにいた小さな子供を抱えた女性にあげてしまった。

GoToトラベル商品券

中山道を歩いて旅した人のBlogなどを見ると、妻籠や馬籠宿には観光客が溢れている。 観光地だからやむを得ないとは思っていたが、今回は本当に静かな宿場風景を味わうことができて良かった。

こうして贄川宿から始まった木曽十一宿の旅を終え、次は美濃路の旅が始まる。 美濃路に入ると戦国時代の史跡などが多くなり、これら史跡への寄道など、楽しみが増えそうである。

さてさて 木曾路に別れを告げ、美濃路へと足を踏み入れよう・・・

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